- 浅草好き。
- それはいいけど、なんでこんな早い時間に集合?
- この時間じゃないと見れないんだよ。
- なにを?
- ほら、大提灯が畳んである。
- 夜は畳んでるんだっけ?
- いや、たぶん時間は関係ないよ。
- 今日はたまたま畳んでるだけ。
- なんだよ。
- 台風とかで風が強い時とか。
- 三社祭(さんじゃまつり)でお神輿を通す時は畳むんだよ。
- 初めて見た。
- 早く来てよかっただろ?
- さっき、時間は関係ない言うてたろ?
- わたしお腹すいたよ。
- ねえ、見て。
- ガラーンとした仲見世通り。
- ここって、いつも混んでるよね。
- こんな空いてる仲見世通り、朝早くないと見れないだろ?
- もしかして、こんな事のために朝早くに来たの?
- まあね、写真を撮るためだよ。
- 日中じゃ人が多すぎてさ。
- あんまり混んでると、人にぼかし入れるのも大変なんだよ。
- この時間でも誰かしら歩いてるね。
- まーね。
- 浅草は江戸で一番の繁華街だったからね。
- 江戸幕府が出来てからずーっとここは東京の中心さ。
- いま、どっちかというと観光地だよね?
- 浅草が中心やとは思えへん。
- 昔は、ここら辺の下町が一番賑やかだったんだよ。
- でも、火事や地震や戦争のたびに、住民が西へ西へ引っ越して、
- 渋谷、新宿という副都心を作ったり。
- 住宅地も、港区、目黒区、世田谷区…と開拓されて行ったんだ。
- 浅草ほど「江戸」って言葉が似合う所もないな。
- 江戸弁って知ってる?
- 東京弁とちゃうの?
- 薬袋が言ってる標準語は西側の山の手言葉だよ。
- 江戸言葉っていう方言が東京にはあるの。
- どんなん?
- てやんでい!べらんめえ!
- てめぇこんちくしょー!
- なんやろ?急に。
- いつものヒステリーだよ。
- 目ん玉ひんむいて見やがれってんだ!
- このとーへんぼくが!
- これが江戸言葉だよ。
- なんか乱暴な感じやな。
- 私に言わせりゃ薬袋の関西弁も乱暴だよ。
- ねえ、ほらスカイツリーが見える。
- 何メートルくらいあったっけ?
- 634メートル。
- スカイツリーが出来るもっと前にさ。
- 明治時代から大正時代くらいにかけて、
- ここに浅草のシンボルタワーがあったの知ってる?
- 知らない。
- 火の見やぐらとかちゃうの?
- そんなもんじゃないよ、高さ61メートルの塔。
- なにそれ?
- 煙突だよ。
- 高い建物がない時代だから、
- 浅草周辺のどこから見ても目立ってたはず。
- 風呂屋でもあったん?
- 浅草火力発電所。
- こんなところに火力発電所とかあったんや。
- 空気悪そう。
- そう、こんなに人が集まるところで石炭燃やしてたんだ。
- だから、高い煙突にして煙を上に逃がしてたんだって。
- それで61メートルもあるんや。
- ここがその跡地。
- 東京電力蔵前変電所。
- 発電所は1923年の関東大震災で崩れて閉鎖。
- 浅草の発電所は廃止して、千住火力発電所を建てたんだよ。
- 朝早く来たわりに、いまいち不完全燃焼やな。
- たまには早起きもいいだろ?
- わたし、浅草の怖い話知ってるよ。聞きたい?