- 渋谷109の裏あたりにさ・・
- 「恋文横丁ここにありき」って道標があるの。
- これ見たことある。
- 横丁って小さいお店がいっぱいあるとこ?
- そうそれ。
- でも横丁はないんや。
- この辺は再開発されて、109とかになったんだね。
- で、なんで恋文?
- 丹羽文雄(にわふみお)の小説、「恋文」から。
- あ、そういうのなの。
- 何を期待してたん?
- もっとロマンチックな悲劇。
- 太平洋戦争のあと、占領下の時代。
- 日本国内に米軍施設がいっぱいあったじゃん?
- 今、考えてみれば凄い事だぞそれ?
- 代々木にワシントンハイツがあって、
- 朝鮮戦争(1950年-)に出兵する米兵もいっぱいいた。
- そんな米兵を相手にした商売がいっぱいあった。
- 何を売ったらええんやろ?
- 通訳?
- いやらしい商売する女の人がいっぱいいたよ。
- うえー。
- そういうのは絶対あるんやな。
- そんな女の人はパンパンと呼ばれてたんだって。
- パンパンとか、なんか嫌な呼び方や。
- パンパンいちご。
- やめてよ!パンパン夢子。
- アホやコイツら。
- でも、そんな女の人たちは、
- 当時の日本ではかなりの高給取りだよ。
- どんなにお金もらっても私はヤダね。
- 収入にも、家庭事情にも困る時代だったし、
- 仕方なくその道に走る女の人も多かったんだ。
- なんでパンパンての?
- 色んな説があるけど・・
- 例えば、女の人を呼ぶ時に、手をパンパンと叩いたとか?
- 彼女達が話す拙い英語を、
- Japan + Englishで、パングリッシュと呼んでたからとか、
- パングリッシュでパンパンか。
- かわいい気もしてきた。
- じゃあパンパン夢子って呼んだろか?
- ぶっとばすぞ。
- 当時、日本では性病対策が遅れてたから、
- ひどい感染してたそうだよ。
- 米軍が「そういう所には行かないように」って言っても、
- 何故か米兵達に広がっていく性病。
- アホや、行っとるやんけ。
- 止められない男の本能か。
- 事態を重く見た米軍医は、
- GHQから性病治療の抗生物質を大量に送ってもらって、
- それらしい女性みんなに注射した。
- 日本にはそういう薬なかったん?
- ペニシリンの開発はあったという説があるけど、
- 性病に対する意識はかなり低かったのかもね。
- でも、注射したってまた蔓延するよね?
- イタチごっこや。
- だからオンリーって呼ばれる女の人が出てきた。
- なにそれ?
- 性病感染の心配がない専属愛人だよ。
- 現地妻や。
- なにそれ嫌な言葉。
- オンリーを持てるのは金持ちの高級将校。
- だろうね。
- オンリー達はアメリカ人好みな派手な服着て、
- お金の羽振りも良かったから、
- 見た目ですぐにわかったそうだよ。
- 戦後の日本やから、余計に目立つやろな。
- そんな彼女達を、
- みんなは「パン助」とか呼んだりして、軽蔑。
- 反対に彼女達は、日本人からは距離を置いてたって。
- なんで?
- 自分達は特別だと、思いたかったのかもしれないし。
- 白い目で見られるのを避けるためだったかも。
- 心を守っとるんやな。
- いるいるそういう女。
- 夢子って、モロにそういうタイプじゃん?
- 何言ってんだよ。
- でも、彼女達にも厳しい現実がやってくる。
- 米兵は留まる地に愛人が欲しかっただけだから、
- 本国に帰っちゃうと、連絡がつかなくなる人が多かった。
- もう用済みや。
- 一度、こういう世界に生きると、もう普通の生活には戻れない。
- だから、オンリーは別の米兵に鞍替えするんだけど。
- 朝鮮戦争が終わって、米兵の数も減り。
- だんだん米兵達の懐事情も難しくなっていったんだ。
- お金厳しくなったんや。
- そこで、アメリカに帰った米兵にラブレターを送る事にした。
- ラブレター?
- それってホステスの営業メールみたいなもんちゃう?
- なにそれ?
- でも、ラブレター書きたくても英語ができない。
- 言葉の通じない愛人か。
- だから、代わりに英語でラブレターを書く人達が渋谷に現われた。
- 代筆屋か。
- 菅谷篤二(すがやとくじ)。
- 英語が得意な、元陸軍中佐だよ。
- 戦争が終わって仕事を失ってから、
- このあたりで、代筆屋をやってたんだ。
- 二ヶ国語ができるってええな。
- いつの時代も仕事になる。
- 女の人から話を聞いて、
- ラブレターを英語で作文する。
- っちゅーことは・・
- 米軍将校達は、
- 元陸軍中佐のオッサンが書いたラブレター読んでたんや?
- それ傑作だ。
- その代筆屋、菅谷篤二をモデルにして、
- 丹羽文雄が「恋文」って小説を書いたんだ。
- ほいで、ここが恋文横丁と呼ばれるようになったんや?
- その頃にはもう代筆屋はなかったけどね。
- ねえ、その小説ってどんな内容?
- 礼吉という男が、
- 8年間も想いを寄せてた道子を探すんだ。
- 見つけた?
- 米兵と結婚して、子どもも産まれてた。
- 恋愛結婚?
- 普通の結婚だよ。
- でも、離婚して・・、
- 子どもも死んで、ひとりぼっちで生きてたんだ。
- ちょうど、よかったじゃん?
- 付き合ったんや?
- いや、彼女をどうしてもパンパンと重ねて見てしまって、
- 発狂するほど苦しんで、彼女を傷付けるんだよ。
- パンパンとは違うんだろ?
- 礼吉が何考えてのかわからんわ。
- 道子が米兵と関わっていたのが許せなかった。
- なにそれ、礼吉情けないぞ?
- 戦時中に、鬼畜米英と憎んでたはずの相手だから、
- 気持ちがついて来ないんだよ。
- 独占欲が強いだけのアホ男の話や。
- 厳しいね、薬袋は。
- そんな男やったら犬のほうがまだええわ。
- 私が忠犬ハチ公の話したろか。