- 恋愛モノってさ、悲劇だとハマるよな?
- 自分がなるんは嫌やけど、他人の悲劇は好きや。
- 歪んでるよ。
- 二人とも捻じれすぎ。
- おまえは捻じれすぎて正面に戻ってるだろ?
- 昔の女の子も悲劇の話とか好きやったんやろか?
- 井原西鶴(いはらさいかく)の好色五人女知ってる?
- こうしょくごにんおんな?
- 浮世草子(うきよぞうし)という種類の文芸で、
- 恋する女の5つの悲しい物語。
- 悲しい話ばっか集めたの?
- いつの時代も女子が好きそうやな。
- その中でも有名なのが「八百屋お七」。
- 八百屋の娘、お七の悲しい恋の物語だよ。
- どんなの?
- このお七っていう女の人について調べてみたよ。
- 実在した人?
- 好色五人女は、実話を元にしたものなんだけど、
- 記録が少なくて曖昧だから難しいんだよ。
- いつの話?
- 江戸時代。
- 昔すぎや。
- まず、戸田茂睡(とだもすい)という歌学者が、
- 毎日の事件記録みたいなのを残してた。
- それは御当代記(ごとうだいき)って言うんだけど。
- そこでは、
- 駒込のお七付火之事、此三月之事にて二十日時分よりさらされし也。
- とだけ、書いてあったんだって。
- お七って人が放火して、さらされた?
- 多分、処刑されたって意味だよ。
- それだけ?
- うん、それだけ。
- そしてもうひとつ。
- 誰が書いたのかは不明なんだけど、
- 天和笑委集というのがあってさ。
- てんなしょういしゅう?
- 江戸の大火事の記録を書き残したものらしいよ。
- お七の事、書いてあるの?
- お七って女が放火したのはホントらしい。
- 2人の人が書き残してるわけだからね。
- お七は八百屋の娘で、恋が原因で火をつけたとか。
- 内容は信じていいの?
- ある程度は正しいらしいよ。
- ある程度って?
- 少し拡張して書いてるそうだよ。
- 昔の事なのに、なんでそういうのわかるの?
- 歴史学者みたいな人が、矛盾を分析したんじゃないの?
- じゃあ八百屋ってのは嘘かもしれないんだ?
- 八百屋でも魚屋でもどっちでもいいんじゃん?
- 恋してたってのはホンマやろ?
- それもどーだかね。
- この天和笑委集の発行と殆ど同じ時期に、
- 大阪にいた井原西鶴が八百屋のお七を小説化したんだ。
- それが浮世草子ってやつ?
- そうそれ。
- どんな内容?
- 1683年・・
- 天和の大火(てんなのたいか)っていう大火事があった。
- それは物語の中で?
- いや、ほんとにあった火事。
- 火の元は、今の文京区本郷の大円寺(だいえんじ)らしい。
- この近くに住んでいたお七(16才)の家も焼けちゃった。
- お七は(16才)って設定?
- なんか江戸時代の物語には(16才)って多いよね。
- 家を失った人達は、吉祥寺で避難生活をしていたらしい。
- 武蔵野市の吉祥寺?
- ちがうよ。文京区の吉祥寺。
- ここで吉三郎(きちさぶろう)というイケメンと出会う。
- 吉三郎って名前はさ「吉祥寺」で出会ったから?
- めっちゃ小説らしくなってきたな。
- そして2人は強く惹かれあうんだけど、
- 手をつなぐ事もできないプラトニックラブ。
- 妄想ふくらむ。
- そうこうしているうちに、お七の家が建て直されて、
- 家に帰らなくちゃいけなくなった。
- 離ればなれになった2人は、コッソリとお付き合いを始めたよ。
- 付き合ったんや。
- まあ、付き合ったと言ってもさ、
- ウブな2人のつっつき合いはなかなか先に進まない。
- 親にもバレないようにコッソリ会ってるから、
- なかなか会うタイミングも難しかったんだよ。
- まだ16才だからね。
- 昔の16才って結婚できる年やったろ?
- そのうち吉三郎が病に倒れて、会えなくなっちゃった。
- 恋愛小説は必ずそういう展開になるんだよ。
- 吉三郎が病に倒れた事を知らないお七は、
- どうしても吉三郎に会いたくてしょうがない。
- そこで、どうしたと思う?
- 気を引くために自殺未遂したんちゃう?
- お寺燃やしたんじゃないの?
- おまえら歪みすぎだろ。
- 答えは、お七は、自分の家を燃やした。
- 惜しかった。
- 火事になれば、
- またお寺で避難生活が出来ると思った。
- お寺には吉三郎がおるしな。
- 当時の放火は重罪だからさ。
- 市中引き回しの上、お七は火炙りの刑になった。
- 火を付けたら、火炙りか。
- 目には目を?
- お七が死んでから100日後、
- 病気が治った吉三郎は、お七の処刑を知り、悲しんだ。
- 100日?
- どんだけ重病やったんやろ。
- そして出家して坊さんになったとか。
- ここまで物語を膨らました、井原西鶴の才能に嫉妬。
- 吉祥寺にはお七と吉三郎の比翼塚があるよ。
- 比翼塚(ひよくづか)ってなに?
- 愛し合ってる男女を一緒に葬ったお墓。
- え?お墓あるの?
- これは井原西鶴のファンが建てたものだよ。
- そういうもん作ると実話臭なって、歴史が混乱するわ
- でも、そういうのがあるから面白いんじゃん?
- ここから更に74年後。
- 近世江都著聞集という本が出たんだけどさ。
- きんせいえどちょもんじゅう?
- 馬場文耕(ばばぶんこう)という人が書いたもので。
- 幕府に都合が悪い情報を出版して、
- 処刑されちゃったような過激な人なんだけどさ。
- その時代にもそういう人おったんや。
- 馬場文耕砲って言われてたんだよ?
- 嘘つけ。
- この本の中で八百屋お七の事が書いてあるんだ。
- どんな内容?
- お七の家が火事になって、お寺に避難したとこまでは同じ。
- でも、避難先のお寺は吉祥寺じゃなくて、
- 円乗寺(えんじょうじ)に変わってる。
- なんでお寺変えたん?
- 炎上(えんじょう)と掛けたんじゃないの?
- ちがうよ。
- 多分、実際のお七の家に近いお寺が、円乗寺だったから。
- じゃあ本当にお七が避難してたかもしれないの?
- あと違うのは・・、
- 惹かれ合う相手は吉三郎じゃなくて、
- 山田左兵衛(さひょうえ)。
- 誰それ?
- 吉三郎という名前の男も出てくるんだけどさ、
- どーしようもない男に性格が変わってる。
- どんなん?
- 女ったらし?
- 左兵衛との間を取りもってやるから金よこせって。
- 16才相手に、めっちゃエゲつない男やな。
- 吉三郎はもっとイイ事思いついた。
- 判断力を失ったお七に放火させて。
- 火事場泥棒をしようと目論むわけよ。
- 哀れなお七は騙されて放火して、処刑される。
- お七ってバカだよね。
- 恋になると、あんたも相当バカになるやろ?
- 小机は恋愛スキルが足りないからな。
- 余計なお世話だよ。
- このお話の舞台になった円乗寺にも、
- お七のお墓がある。
- 墓石が3つもある。
- 真ん中はお寺の住職が建てたもので、
- 右側は歌舞伎役者の岩井半四郎が建てたもの。
- 左側は近所の有志達が建てたもの。
- ねえ、お墓って一人ひとつじゃないの?
- そもそもお七が存在したかどうかすら不明だろ?
- どこまでがホンマで、
- どっから作り話だかわからんようなるな。
- んじゃあ、わたしが都内で一番有名な川の話をしてあげる。