- 練馬城の豊島氏の話は覚えとる?
- なんだっけ?
- ここで復習してきてな。
- わたし覚えてるから、話を続けて。
- 練馬城が、太田道灌に攻め落とされた後、
- 豊島泰明の弟、豊島泰経(としまやすつね)は、
- 石神井城に逃げたやんか。
- そのお城があったんは、ここやって。
- 石神井公園?
- そう。
- 追いつめられた泰経は…
- 家宝の金の鞍を白馬に付けて池に飛び込んだんやって。
- なにがしたかったんだろ?
- 自分の宝物を人に渡したくなかったんじゃない?
- 泰経には照姫(てるひめ)っちゅう、美しい娘がおってな。
- パパの後を追って照姫も池に身投げしたんやって。
- どんだけ深い池なんだろ。
- その池がここ。
- 三宝寺池(さんぽうじいけ)。
- 馬ごと飛び込むには浅いかな?
- 金の鞍はどうなったの?
- 1908年に三宝寺池の底を探したらしいで?
- 見つけた?
- 結局、見つからんかった。
- 照姫は?
- 幽霊になって出るっちゅう話やけど…
- 誰も見てへん。
- まあ、金の鞍もないし、
- 幽霊なんておるわけないしな。
- なんで?
- 泰経はこの池に飛び込んどらんよ。
- じゃあ、どこに飛び込んだの?
- 戦に負けると、北区の平塚城に逃げたらしいで。
- え?逃げた?
- 平塚城も落とされると…
- 今度は横浜市の、小机城まで逃げたらしいねん。
- おまえの城かよ。
- 言うと思った。
- 北区から横浜ってさ、反対方向じゃん?
- 神奈川県のほうの平塚市と間違えてんじゃないの?
- どうやろ?
- 平塚城からそのまま北に逃げたんちゃうかな?
- 照姫はどうなったの?
- 最初からそんな娘はおらんかった。
- なんだよ、それ。
- 照日松(てるひのまつ)っちゅう小説が元の話らしいねん。
- 明治時代の作家、遅塚麗水(ちづかれいすい)が書いたんやって。
- なーんだ。
- わたし、現実の悲劇よりそっちのほうが好き。
- 姫はすぐ水ん中飛び込むよな。
- 私は海に飛び込むの好き。
- 海のほうのお話ない?
- 泳げるとこちゃうけど、羽田空港ならある。