- 幸田露伴の五重塔知ってる?
- なんて言うた?
- こうだろはん?
- 明治時代から昭和まで生きた小説家だよ。
- 小説の話?
- そうだよ。
- 明治時代には、新聞にも掲載されてた。
- 生まれてないから知らんわ。
- あんたは?
- 小机は何才?
- わたしだって生まれてないよ。
- どんな話?
- 谷中に五重塔を建てる話だよ。
- この辺?
- 谷中霊園だよ。
- ありし日の谷中五重塔?
- 誰が建てたん?
- 十兵衛っていう、のんびりした見習いの大工さん。
- そんな人が五重塔なんて建てられんの?
- のんびりした性格してるからさ。
- 大きな仕事をした事がないの。
- でも、五重塔だけは一人で建てさせてくださいって。
- 親方と上人にお願いするんだよ。
- 任せられへん。
- だって五重塔って建てんの大変そうじゃん?
- だから、親方が一緒にやろうって提案するんだよ。
- でも十兵衛は一人で建てたいって言って聞かない。
- まわりに反対されたり、嫌がらせされても…、
- 折れなかったんだ。
- 急に意地をはる男っているよね。
- ついに親方が上人に話に行ったんだ。
- 十兵衛に全部任せても不満はないから、
- どっちか一人に任せてくれって。
- 手柄を独り占めする上司とはちゃうな。
- 親方の心意気は上人に褒められて、
- 十兵衛に任せてみようって話になったんだ。
- わたしは、そういう人情臭い話、よくわかんないや。
- で、その五重塔はどこにあんの?
- ここだよ。
- ないじゃん?
- 十兵衛のやつ、仕事せえへんかったな?
- それ小説だろ?
- あんたには見える?五重塔?
- 見て。
- 燃えてる。
- 昭和32年の1957年。
- ここで放火心中した2人がいるんだよ。
- だれ?
- 48才の男性と、21才の女性。
- 2人は不倫してたんだってさ。
- 十兵衛がせっかく建てた五重塔を燃やしたな?
- 結局ないの?
- ここまで歩いてきて、酷いオチや。
- なんか、不完全燃焼。
- じゃあ、次は八王子で肝試しでもしようかな。